企業情報
COMPANY
会社概要
- 会社名
- 松勘工業株式会社
- 代表取締役
- 安藤 慎吾
- 所在地
- 本社:埼玉県加須市土手1-4-27
TEL.0480-61-2211(代) FAX.0480-61-2044 - 直営店
- 加須店:埼玉県加須市土手1-4-27 TEL.0480-61-2210(直営店直通)
上尾店:埼玉県上尾市東町3丁目1964 TEL.048-778-3366 - 創業
- 1907年(明治40年)3月15日
- 資本金
- 4,050万円
- 従業員数
- 46名
- 取引銀行
- 埼玉りそな銀行・群馬銀行
- 事業内容
- 武道具・硬式野球ボール・(体操着・シューズを主体とした)学販を中心とした 武道用具の製造
直営店
加須店
上尾店
アクセス
歴史
HISTORY
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1907 (明治40年)
3月 松本勘四郎が埼玉県加須町(現在の加須市)に番傘屋を創業。その後、従兄弟の剣道師範・小澤愛次郎先生(小澤 丘・九段の父)の勧めにより羽生町周辺に藍が自生している為、武州藍染織物の原産地であることを生かし、剣道具・銃剣道防具の製造を開始。


明治四十年
「剣術道具製造商」として創業。 -
1943 (昭和18年)
5月 創業者松本勘四郎より、松本 寛が継承。
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1945 (昭和20年)
8月15日 日本が第二次世界大戦後敗戦国となる。その後日本は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の支配下に置かれました。この時期、日本の武道は「軍国主義的」とみなされ、その活動は一時的に停止されました。
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1946 (昭和21年)
剣道具製造・皮革加工の技術を生かし、硬式野球ボールの製造を開始。グローブなどの製造もスタート。武道具製造できない時期を生き延びる。
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1950 (昭和25年)
1月に松勘工業株式会社に改組、初代代表取締役に松本寛が就任。
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1952 (昭和27年)
サンフランシスコ講和条約の締結により、GHQの占領統治は終了。武道の復興と共に、防衛庁及び国家警察に銃剣術防具を大量に納入。またこの年全日本剣道連盟が結成され、剣道具の製造にも再着手。
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1954 (昭和29年)
東京支店小売り部を浅草馬道根岸ビル1Fに新設。続き、東京支店貿易部を浅草雷門・埼玉銀行4Fに新設。
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1955 (昭和30年)
5月よりアメリカに野球グローブ、ミットの輸出を開始。同年8月には、運動具部門も第2工場を新設、最新式の硬式野球ボール製造機を設備、本格的に製造開始。またこの頃、外注業者の協力を得て、柔道衣の製造を開始。
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1958 (昭和33年)
警察庁より逮捕術防具・用具の製造業者に認定受ける。

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1964 (昭和39年)
東京オリンピック柔道競技でオランダ代表アントン・へーシング選手が松勘製柔道衣を着てゴールドメダリスト(オランダ大使館に展示)
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1965 (昭和40年)
米軍基地内リトルリーグに野球バット・グローブ等を納入始める。
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1968 (昭和43年)
11月には、ヨーロッパ柔道連盟より指定柔道衣メーカーの表示(MATSURU)マークを受ける。
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1969 (昭和44年)
10月 第一工場新設移転。
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1973 (昭和48年)
9月 韓国にて商標3種類登録。
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1977 (昭和52年)
12月 現在の地(加須市土手1-4-27)に本社社屋新設。
埼玉県警察(警察学校)の依頼を受け逮捕術防具B型を開発。 -
1979 (昭和54年)
警察庁より逮捕術防具B型が仕様書発令。
東京支店を浅草雷門埼玉銀行ビル4Fに統合。 -
1986 (昭和61年)
7月 代表取締役 松本 寛より、松本 学(さとる)が代表取締役に就任。東京支店本所吾妻橋秦野ビル1F・2Fに移転。
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1998 (平成10年)
2月 東京支店を本社に統合し、業務の集中化と営業面での強化、効率化をはかる。
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2006 (平成18年)
5月 埼玉県立武道館前に「武道具の松勘・上尾店」OPEN。
2007 (平成19年)3月 創業100周年を迎える。
2009 (平成21年)12月 代表取締役 松本学より、安藤慎吾が代表取締役社長に就任。
2024 (令和06年)7月 第19回世界剣道選手権において、冠KENDOキャリーバッグ(ネイビー)が、(男女)日本代表チームのオフィシャルバッグとなりました。